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一汁三菜

インターネットのインフラよりな技術の話題、Web周りの技術的な話題、趣味のマラソン、旅行、その他日々の記録をしています。

第60回 勝田全国マラソン

第60回 勝田全国マラソンに参加してきました。フルマラソンに参加して、記録はネットタイム3時間59分34秒、公式記録4時間5分19秒、種目順位1481位、男子総合3983位でした。フルマラソン参加4回目にして、ようやくサブ4を切れました。今回は初めて一度も歩かずに走り切る事が出来ました。

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去年参加した時はスタートからゴールまで風が強くてつらかった思い出があるのですが、今年は無風状態でのスタート。ちょっと迷いましたが、アームカバーは外していく事にしました。アームカバーにしまっておこうと思っていたパワージェルは、ランニンググローブの中に入れておく事に。パワージェルは4つ持参していて、10km地点, 20km地点, 30km地点, 35km地点で補給する計画でいました。

今回も目標は4時間を切ってゴールする事。5分20秒/kmのペースで42km走れれば3時間45分で完走できるので、それを目標にしようと考えていました。普段ハーフマラソンを走る時のペースは5分/kmを切っているので、その位で走る事はできるのではないかという目算がありました。

号砲後、スタート地点にたどり着くまでの時間は5分45秒。最初の1kmこそ渋滞にハマって6分かかってしまいますが、駅前の大通りに出てしまえば自分のペースで走る事ができます。そこで5分20秒/kmまで上げようとしますが、ペース調整が思うように行きません。5分30秒/kmくらいで安定してしまいます。そこからペースを細かく上げたり下げたりしつつ、最初の10kmを通過しました。

15km地点まではひたすら北上。JAEAの前を通過して15km地点を左折して西進。この辺りはまだまだペースを維持する余裕もありました。途中でベアフットランナーの人を見かけたりもしました。

JRの陸橋を越えて左折し、一路南進。この辺りから私設のエイドステーションが出てくるようになって、自分もしばしばお世話になりました。ハーフの通過タイムは1時間55分で、予定よりは遅れている物のまあまあのペースかなという感じ。

25km地点を過ぎて再び左に曲って東進。陸橋を越えたあたりで去年は一度信号待ちをくらいましたが、今年はスムーズに横断できました。この辺りからだんだんペースが落ちてきました。「このままだと4時間は切れないかも」という考えが頭をもたげてきます。冷静にペースを計算し直して、「6分/kmまでは落ちても大丈夫」という結論に。その後しばらくの間は5分50秒/kmのペースを維持して走り続けます。

ずっと走っていると、少し先の方で煙が立ち上っていました。近くを警備していた警察官が駆け寄って家人と何事かを話しているのを横目にしながら走り抜けていきました。しばらくすると、道の反対側から3台の消防車が。どうやらボヤのようでした。消防車を見た時はすわ大会中止かと思ったのですが、その後特に何も無かったようなので、大事にはならなかったのだろうと思います。

28km地点あたりにある西原集会所では、去年も見かけましたが地元自治会の炊き出し。極寒の中で走っていると、豚汁は喉から手が出るほど欲しい。しかしタイムを狙う身としては食べる為に立ち止まることは出来ず。匂いだけありがたくいただきました。

30km地点から35km地点までは、いわゆる魔の30kmと戦っていました。マラソンの中で一番つらい時。ひたすら立ち止まらないようにと我慢をしつつ、さらにタイムが落ちないようにと我慢をしつつ。何度もアップダウンが続く所なので、ただひたすら我慢をする事ばかり考えます。

35km地点では最後のパワージェルを補給する予定が、もうすっかり喉を通せる気配が無かったので、グローブの中にしまったままにしておきました。走りながら意識が朦朧としてきて「そろそろ危ないなあ」と思っていたところに、目の前で倒れて係員に介抱されている人が。こうなったらマズいと自分を奮い立たせます。

37km地点からは、レースの最初に通った駅前の通りを逆走します。後5kmくらいでゴールなんだというのが見えてきて少しだけ元気が戻ってきましたが、この頃には既に6分/kmを切れない事が多くなってきていました。少ない貯金を切り崩しつつ、時計を眺めながら歩を進めます。

「ここで4時間を切れなかったら、今後しばらく4時間が心理的な壁になるんだろうな」という予感がしました。実際ハーフマラソンで2時間を切れるようになるまでは、何度も2時間0分台のタイムを連発していた事がありました。逆に2時間を一度切ってからはもうほとんど2時間を上回るタイムを出す事は無くなっています。これこそ心理的な壁。もしここで4時間を切れなかったら、フルマラソンでもこの壁に悩まされる事になることを恐れていました。

レースが始まってから4時間が近くなろうとして、交通規制が解除されようとしていました。警察官がしきりに「交通規制が解除されたら歩道に上がるように」と繰り返します。交通規制が解除される前に駅前通りを走り抜けない事には、4時間切りはかなり厳しくなります。残り2km、号砲から4時間まで後7分という所から、スパートをかけます。スパートとは言っても6分/kmすら切れないスパート。普段のペースからみれば著しく遅いペースですが、それでもペースを上げます。どうにか交通規制が解除される前に駅前通りを抜けられましたが、交通規制解除の合図の笛の音が鳴ったのは、東石川1丁目の交差点を左折して30秒ほど経った時でした。

交通規制には引っかかりませんでしたが、残り1km。時間も残り6分。ひたすら全力疾走で、上がらない足を上げて走ります。交差点を右折すると、石川運動ひろばまで500mほど。「もうすぐゴール」という沿道の声援を受けて走っていくと、左手の方にゴールゲートが見えてきました。ゴール地点の石川運動ひろばに入れば、ゴールまでは芝生の上を全力疾走するのみ。ゴールと同時に押したストップウォッチの計時は、ぎりぎり3時間59分を指していました。一声雄叫びを上げてからふらふらと前に歩いていき、ランナーズチップを外してもらってからゴールゲートに向かって一礼。涙が溢れてきます。

その足で完走証を受け取って、公式記録でも4時間を切ってゴール出来ている事を確認。腰が痛くてたまりませんでしたが、寒さもたまらなかったので、早々に手荷物を受け取ってからようやく腰を落ち着けました。あまりにも寒くて手先が動かず、着替えるのにも苦労しました。

今回の大会でも、沿道の方々やらエイドステーションの方々には本当にお世話になりました。一番苦しい時に手助けをしてもらえるのは本当に嬉しい事で、声援をもらえたり補給をもらえたり出来ているからこそ42kmという長い距離を歩かずに走り通す事が出来ています。どうもありがとうございました。

次の大会は、来週末の2月5日の浦安シティマラソンで、10kmを走ります。フルマラソンを走ってからあまり日があいていないので、ゆっくり走って名物大会を楽しんでこようと思っています。フルマラソンについては4月15日の「かすみがうらマラソン」への出場を予定しています。